2007年10月13日 (土)

私をまだ愛していますか(四の一)

葬儀案内状
 
柳澤健太郎が郵便受けから夕刊を取りだしたとき、一通の封書が足下に落ちた。拾い上げてみると、速達の葬儀案内状だった。誰だろう?と訝りながら見ると、「河合 裕恵」とあった。「えっ!」と絶句した。急いで書斎に入り、机上に案内状を置くなり、バスルームに急いだ。ジムから戻ったばかりの体には、汗がべっとり纏わり付いていたジムで温水シャワーを浴びてきたのに、自宅までの自転車でまた汗だ。冷却器を通ってくる冷水でシャワーを浴びた。爽快感が顔から全身にさっと広がり、生きている実感が沸く瞬間だった。仰向いた顔に冷水を浴びながら目を瞑り、「河合」の面影を追った。”そうか、彼奴死んだのか”
 グアムで買ってきたモスグリーンの厚手のタオルで体を拭きながら、書斎へ戻った。エアコンのスイッチを26度に設定し、椅子に腰を下ろした。
 「河合徳之儀 かねてより病気療養中の所、2月23日午前6時35分、神原病院にて永眠いたしました。ここに生前のご厚誼を深く謝し、謹んでご通知申し上げます。

                     記

 1.通夜 2月24日(土)午後8時~10時 2.告別式 2月25日(日)午後2時~4時 3.場所 天花葬儀場 井の沢線福田駅下車 徒歩5分 駐車場完備 
なお、誠に勝手ながら、ご供花・ご供物の儀は、堅くご辞退申し上げます。悪しからずご了承の程お願い申し上げます。
 奥津野市御蔵中町3-1-5 平成19年2月23日 喪主 河合 裕恵」
               
告別式
 柳澤は、告別式の開始時間より1時間半ほど早く着いた。大きな駐車場は、ほぼ満杯だった。受付で「この度はご愁傷さまです。御霊前にお供え下さい」と通り一遍の挨拶をし、香典を置き記帳を済ませると休憩室に入った。既に故人に縁の人々が大勢詰めかけていた。河合は定年退職後、5年ほどで亡くなっているので、会社関係者も可成りいた。柳澤の知り合いも弱冠いたが、目で挨拶する程度で、親しげに近くによって話をすることもなかった。在職時は部長だったが、退めてから付き合いをしないように心がけてきた結果のような気がする。「これで良いのだ。」と思った。
 河合とは同じ情報開発部に属し、幾多の最新鋭のプロジェクトを手がけた。中でも半導体自動製造装置の開発では、彼無くしては立ち上げることが出来なかった。兎に角優秀な人材で、彼を部下に持つことが出来て真実良かったと、今でもそう思っている。
 休憩所は、談笑したり、大声で笑い合ったり、元気だったか、など遠くから声を掛け合ったり、賑やかだった。静かに慎ましく、笑みを浮かべながら、女性達も談笑の群に混じっていた。喪服を着るとどの女性も、体の線がしなやかにスーと伸びて綺麗に見えた。
 一人渋茶をすすっていると、やがて係員の声がして、葬儀場へ移動するようにと促された。葬儀場は、間口3間半仕様の花祭壇で、豪華の中にも清楚に設えられ、季節の花がふんだんに奉られていた。祭壇際には親族の席が設けられ、祭壇に向かって参列者の椅子がびっしり並んでいた。ここだけで150人位はゆうに収納できるスペースがあった。入りきれない参列者のため、階下に別室が割り当てられ、大画面にテレビ中継で会場の様子が見られるようになっていた。
 最前列に近い席に座り、紫の数珠を手にしてお経を聴きながら、遺影を眺めていた。もう彼と別れてから何年になるだろうか、ロマンスグレーと縁なし眼鏡がよく似合うハンサムな男が半身に構え、少しはにかんだ顔つきをしていた。正面を見ている彼の目に触れると、少し後ろめたさを感じた。
 親族に目をやったとき、偶然にも河合夫人と目があった。はっとした様子だったが、会釈すると直ぐに神妙な顔つきに戻り、ハンカチを目頭に当てて顔を伏せた。しかし、明らかに動揺した様子が、横顔に現れているのをみた。柳澤にしか解らない陰だった。
 長い読経が終わり、やがて会葬者が係員に誘導されながら、順次お焼香を始めた。縁故者に一礼し、お焼香が終わると、もう一度縁故者に一礼して下がった。河合夫人に黙礼すると、ちらっと目をあけ、ついで深々と頭を下げた。こんな近くで彼女を見たのは、そう、定年退職前に会社を辞して以来、10年振りだろうか。あの時に比べ、容貌の綺麗さは、凄みを増しているように思えた。解れ髪一本乱すことなく、キリッと髪を整えている様が、心の張りを強く表現しているようだった。
 一通りお焼香が済み、読経のなか親族から手渡された一輪の花を遺体の周辺に供えた。頭部分に河合夫人がうな垂れ細く震えながらじっと佇んでいる。両の手をグッと握りしめ、悲しみに耐えている様子に胸が締め付けられる思いがして痛ましかった。家内が亡くなったとき、河合夫婦が参列してくれた時のことが、今、ハッキリ思い出された。顔がやっと見えるほど遺骸の周辺に花が供えられた。”それでは”と係員がおもむろに柩の蓋を閉じ、何人かの家族の手によって柩に最後の釘が打たれ、覗き窓が閉められると、しきりと周辺で嗚咽がわきあがった。(1/4)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私をまだ愛していますか(四の二)

絶対死
 控室に戻り休んでいると、「これから火葬場に参ります。」の係員の誘導までかなり時間がかかった。日光が強く照らす中庭に、黒塗りの霊柩車と縁者を乗せる送迎バスが10台控えていた。乗るように促されたが、火葬場はそこからなだらかな螺旋状の坂を下った先にあるので、霊柩車とバスを見送ってから、送迎バスに乗れなかった人達とゆっくり歩いた。悲しみに包まれた重い空気に浸る気がしなかったのだ。
 火葬場の入り口は早くも長い行列が出来ていて、柳澤は後ろの方に付いて進んだ。入ると冷えた空気が流れすーと汗が引いた。かまどの正面の小卓には遺影、野位牌、香炉、燭台、四華花が置かれ、読経のなか一人ずつ最後の焼香が行われた。やがて、しずしずとかまどに柩が入れられ、分厚い扉が重々しく閉められた。河合夫人が突然堪えきれずに「あなたっ」と叫び大声を上げて泣き出した。友人達は彼女を前から抱きしめて必死に押さえた。わっとまた激しく泣き出し、泣き止まなかった。友人達も泣いた。柳澤はこの時これこそ死だと感じた。医者が死亡を告げたときが最初の死の訪れだとしたら、焼却は死そのものを絶対化しているのだ、とも思った。「1時間ほどお時間を戴くことになります。・・・・」の声が掛かっても、親族はなかなか立ち去ろうとしなかった。
 花壇と噴水を設えた庭に面したガラス張りの待合場の長椅子に腰を下ろし、季節の花が咲き誇る明るい庭を眺めていると気持ちもやや落ち着いてきた。暫くすると、「柳澤様」”と呼び掛ける女性の声が背中からした。ハッとして振り返ると、河合夫人だった。  深々と頭を下げ、「お久しゅうございます。お元気のこと何よりでございます。この度はお忙しいところ、遠路はるばるお越しいただき本当に有り難うございました。河合もさぞや喜んでいることと思います。」「長いことご無沙汰いたし申し訳ありませんでした。元気だとばかり思っていたのに、まさかこんなに早くなんて大変残念でなりません。」「亡くなる間際まで健さん、健さん、と何時もお噂申し上げておりましたのに、少しもいらして戴けませんでしたね。」「退職後、1、2回飲んだことがありました。思えばもうあの頃から具合が良くなかったんですね。」
 触れ合うばかりに隣に座った彼女から香水の匂いが仄かに漂ってきた。線香の匂いを消す為に僅かだが身に付けた香りを柳澤は鋭く嗅ぎ分けていた。独特の香りを放つあのRoseVagueだった。五感が覚えていた。俺が来ることが分かって、わざわざあの香水を付けてきたのか?「裕恵さん、ちょっといらして」の友人の声に、「失礼します。また後ほど」と忙しなく柳澤の元を足早に去って行った。ふっと溜息をついて深々と腰掛けなおした。また、静けさが戻ってきた。

散骨
 「柳澤さん。ご無沙汰しております。」見ると、福祉厚生会担当の鎌形だった。「こちらこそ。本当にお久しぶりで、その節は大変お世話になりっぱなしで。「いや、お互い様ですよ。」そう言って彼は煙草に火を付けた。「河合君の祭壇なかなか立派でしたね。それなりにかなりの費用がかかっています。そう言っては何ですが、お子も無く、残された者にとっては何かと葬式、お墓の諸費用は可成りの負担です。ご家族のお気持ちだから何とも言えませんが、これからの生活を考えると薄情のようですが、ごく形式的で安価にしませんとね。」今日の祭壇を見て彼なりに計算をしたのだろう。職務が職務だっただけに、その辺の事情に詳しい人だ。家内の葬式は鎌形に一切合切安心して任せ無事に済ませた程だった。
 彼の言うことは尤もだった。家内が亡くなったときは在職中だったし、地位も地位だったし、社長を初め幹部社員、取引先などの列席、家内の親族を考慮すれば、恥をかかないようにそれなりにしたものだった。葬儀場の選択も見得を切って名だたる所を選んだ。ある種の見栄といっても良かった。
 今、一人になってみると、自分の身一つの処理は自分なりに考えなければならない。どちらかというと、どうでも良かった。面倒なのではない。今更金を掛けて何になるのか。見送ってくれる家内もいないし、死んでしまえば世間も無いものだ。これまで漠然と考えてきたが、今日の葬式を見ていよいよ決心しなければと思った。”散骨にしよう。”なぜか、今の自分に一番ふさわしい身の処理の仕方だと思えてならなかった。
 そう言えば、勝新太郎、横山やすし、石原裕次郎やジョージ・ハリソンなど有名人がいた。以前は違法とされていたが、法務省が散骨について”節度をもって葬送の一つとして行なわれば違法ではない”とする見解が公式に明らかになった以後、年々増加している、といった新聞記事を読んだことがあった。このことがその後ずーと気持ちに引っかかっていたのが、今日の決断になったのだ。
 「鎌形君、鎌形君、」の声に、鎌形は煙草を灰皿に投げ入れるなり、急いで行ってしまった。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

私をまだ愛していますか(四の三)

一人だけの葬儀
 時計を見ると、まだまだ時間が掛かりそうだった。何気なく中庭に目を移すと、遙か向こうの坂を一台の霊柩車がゆったり静かに下って来るのが目に入った。次の遺族がやって来たのだ。だが、妙だ! 霊柩車の後に普通なら続く筈の遺族や会葬者を乗せた送迎バスや車が一台も付いて来ていない。遅れているのではと後方を見やっても、矢張り追って来ない。奇妙だ、全く奇妙だ。なぜ?なぜなのだ! 柳澤の胸が激しく高鳴った。
 霊柩車が火葬場入り口に横付けになるや否や、ドアーが内側から勢いよく押し開けられ、喪服姿で黒縁の眼鏡を掛けた小太りの中年女性が花束と位牌を抱え、裾を乱しながらがっと降り立った。そして草履をばたつかせて小走りに霊柩車の後方に向かった。車から降りたのは、中年女性唯1人だけだった。後部では、待ち受けていた係員2人の手でハッチバックが大きく開け放れ、柩を手際よくトレイに乗せていた。彼女と2人の計3人は、急いで火葬場に入って行った。そこには、死者を敬い恐れる敬虔な雰囲気が何も感じられなかった。
 やがて、霊柩車はゆっくりと今降りてきた坂を上って行き、間もなく見えなくなった。中庭は、燦々と陽を浴びながら元の静けさに戻っていた。全てが一瞬の出来事だった。
 河合の葬式とは、余りにも対照的だ。唯の一人とは。有り得ないことだし、有ってはならないような気がして、柳澤は戸惑った。なぜ、戸惑ったか分からなかった。常識外の出来事を目の当たりにして驚愕したせいかもしれない。
 柳澤は周囲に気付かれないように、早足に火葬場へ向かった。今しなければならない大事な用を果たさねば、と思った。かまどは5基あって、河合のは、轟々と火炎の音を立てている。左端にある火葬室の前に柩が安置され、中年女性が白木の野位牌の前で香を焚き、手を合わせている姿があった。柳澤の存在に気づいた女性が、「何か?」と訝った。「いえ、何でもありませんが、お一人のご様子に仏様がさぞや寂しかろうと、差し出がましいのですが、よろしければお線香を手向けさせて戴ければと思いまして。」驚いた様子もなく、「さあ、どうぞ、」と体を引いてくれた。香炉にくべられた香からゆるゆると煙が立ち昇った。野位牌には「長浜 由岐美」と俗名が粗末に書かれていた。遺影は無かった。
 「失礼致しました。」頭を下げると、「有り難うございました。」と女性は素っ気なく返礼し、柩に寄って行った。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

私をまだ愛していますか(最終回)

砕けた骨壺
 係員の声に誘導され、かまどの前に会葬者が集まったのは、間もなくしてからだった。後方に付いた柳澤が骨を拾い骨壺に入れる頃には、おおかた片付けられていた。河合夫人は骨壺の脇に立ち、時折目頭を拭いじっと耐えながら、全員が終了するのを静かに待っていた。
 やがて、骨壺と共に最初の斎場に戻った。参列者の中には所用で中途退場した人もいて、空席が目立った。一通りお経が終わると、僧侶が参列者に向き直って、戒名の意義や、辛くて思い切り泣いた後は、故人を偲びつつも、死者をしっかり忘れてあげることこそ供養なのです。そうすることによってこそ、死者は幸せになるのです。そして遺された人達は、それぞれの人生をしっかり生き抜いて戴きたい、等の説教があり、最後に、河合夫人が会葬者へ丁寧にお礼をに述べた。その後、親戚や知人などが会葬者に挨拶したりして、込み合っていたことも有って、柳澤は遠くから手を合わせ、深々と頭を下げ、会場を去った。
 会場を後にするなり、周辺に悟られないように小走りに坂を下り、急いでかまどに取って返した。額からは大粒の汗が流れ、Yシャツの背がぐっしょり濡れていた。間に合えばいいが、そう念じながらかまどに行ったが、既に骨上げが終了した直後だった。その時だった。ギャッと叫び声が起き、ガシャンと鈍い音がした。骨壺が床に落ち、破片と焼骨が飛び散った。女性は抱えていた花束を卓上に投げるようにして置くなり拾い始めた。係員は会場をから消えたかと思う間もなく、新しい骨壺を抱えて息せき切って戻ってきた。もう一人の係員と女性とで焼骨だけを拾い集めた。柳澤は「私もお手伝いします。」と大声で言うなり、骨壺の破片と焼骨を分け、急いで新しい骨壺に収骨した。箸だけでなく、手でも拾い集めた。何としても早急にこの場を収拾しなければならないのだ。骨はザラザラしてどれも大きさの割には異様に軽かったし、暖かった。大きな骨だけ納めた後は、細かな骨類を係員が手箒で集め、別の容器にどんどん入れていった。
 短時間で終わった。女性は新しい骨壺と野位牌をしっかり左脇に抱え、右手に花束を持ってその場をどっと後にした。女性はチラッと柳澤を見やり、目を伏せながらそのまま素通りして行った。柳澤は、箒の目が新しく床に残っているのを見た。この時、床の隅に白い物が目に付いた。小指半分ほどの二つの焼骨だった。ズボンのポケットからハンカチをわざと落とし、拾う振りして素早くハンカチにくるみポケットにしまった。
  
逢いたい       
  四十九日までの中陰も過ぎ、忌も明けた。初七日も四十九日も内輪で法要を済ませたらしく、あえて柳澤に案内も無かったが、それはそれで良いのだと思った。
 数ヶ月後、柳澤は愛好者達とカメラ撮影会に出かけた。初夏の日差しも眩しく、撮影にはもってこいのカメラ日和だった。ガーデン内の洋食レストランで軽く昼食を撮り、残りの花壇の撮影に掛かったとき、携帯が鳴った。
 「健太郎さん?」「裕恵です。」「あっ!裕恵さん!」懐かしい声だった。「私たち逢えない理由なんてもうないわよね。今どこ?」「三ッ山光輝ガーデンです。これから3時間で行けます。」「いやっ!。待つだけなんてもういやっ!永いことずーと待っていたのよ。私も参ります。」柳澤はカメラを片手に駐車場へ飛んで走った。「おおーいっ、三脚忘れてるぞ!」友人の声は、今の柳澤には何も聞こえなかった。
 「今、雲見山インターです。健太郎さん、私をまだ愛していますか」
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月11日 (月)

クリーニング屋、猿男そして子供

 スーパーの地下にあるカフェテリアに腰を下ろした。正面に、マクドナルド、隣にクリーニング店がある。チーズバーガー2個とスーパーで買ったPボトルのお茶で、軽い昼食をとった。周囲の椅子にはおばさんが一人、おじさんが一人、それにチョット身なりの良くない蒼い顔した青年が、それぞれチーズバーガー、野菜バーガー2個とコーラを食べている。これ2個で200円だ。「おんなじだな」と思った。

 男の老人が、クリーニング屋のカウンターにゆっくり近づくのが見えた。握りしめた紙片を中年の女性店員に静かに渡した。店員は紙片を見ながら奥へ消えたかと思う間もなく、ビニール袋を持って素早く現れた。男は、ビニールをむしり取るように破るなりYシャツを取り出し、おもむろにカウンター上に広げた。そして、コート、ジャケットを脱ぎ、長袖とベスト姿になった。次いでズボンのベルトを外した。

 Yシャツを着込み、ボウタイを首に巻き付け、ズボンに押し込めベルトを直し始めた。その時だ。2~3歳ぐらいの男の子が歩み寄ると、男のズボンを握り、仰ぐように見上げた。男は驚いた様子もなく見下ろした。猿のような赤い斑点をした顔だった。二人はじっと見つめ合っていた。時間が張り付いたように、男も子供も動かなかった。「としちゃん。行くわよ。」お母さんの声に振り返り、とことこ歩み去っていった。

 男はジャケットとコートを着直すと、襟元を直しながらなにやら店員に、照れ笑いしながら一言二言話しかけた。店員は、男のコートの襟に触れ笑顔を作りながら、良くお似合いですよ、離れていたが確かにそう言ったように見えた。男は満足した様子で、バッグを背負うと、大股で急いで歩き去っていった。

 隣には、いつの間にか女学生達が集まり、笑ったり、おしゃべりしたり、携帯をかけたり、ざわめいて賑やかだった。

 突然、ドサッという音がした。音の方に目をやると、クリーニング屋の店員が倒れたのだ。椅子をけって急いで駆け寄り、助け起こした。真っ青な顔。右手を挙げ、人差し指を力無く伸ばしながら何やら指さしている。その先に目をやると、カフェテリアの角にさっきの男が振り返って立っていた。ニタッと両頬をつり上げ歯をむき出し、真っ赤な顔で険しい目つきをしていた。猿だ。やっぱり猿だった。猿は踵を返すなりサッと逃げていった。

 その顔を見た店員は、怖ろしさのあまり卒倒したのだ。店員を人に預け、猿の後を追った。猿はエスカレーターを2~3段ピョイピョイ跳びはねながら、音もなく逆上して逃げていく。階下には猿が履いていた革靴が、ちりぢりに転がった。親は子供を抱え、女達の悲鳴が響き店内は騒然となった。やっと一階に駆け上がり、駐車場に出たが、すでに猿の姿はそこに無かった。

 辺りを見ると、バッグとコートが落ちていた。更にジャケットもベストも。ベルトが蛇のように長く横たわり、そしてズボンが、連なって落ちている。それを辿っていくとスーパーの裏手の森へと向かっていた。遺留品を集めたが、なぜかYシャツが何処にも見つからなかった。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)