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2008年5月28日 (水)

タッチしてしまった(1)

 5月の夏日。室内の大改装の為、本棚を整理していたら、T中学校時代の校内新聞が出てきた。昭和○○年3月3日(金)。ガリ版刷りだ。古い紙差しに一枚だけ挟まっていた。良くも残っていたものだ。A3大で茶褐色に変色、丁寧に扱わないとボロボロ切れそうだ。
 大見出しが”体育部座談会”だ。出席者は教師を含めて24人。水泳部からは私とF君と2名出席。彼とは遠方地のため年賀状の交換ぐらいだが、今でも付き合っている。先生もハッキリ記憶に蘇ってきた。顔かたちも目に浮かんできた。編集長はA君だ。彼は体が大きく、力があった。頭脳明晰で、何やってもそつなく上手く処理し、尊敬していた。彼には勝てないな、と常日頃から思っていた。排球部(バレ-ボール部)の主将だった。記者はM君で、女性問題では親身励まして呉れた親友で、時折付き合っている。
 小見出しは、「練習第一」「用具は充分か」「チームワークについて」「応援多数だと上がる」「体の大きいのは運動に不向き」「会費は卓球部のみ」。この中で私は一言だけ発言していた。下級生が三年生の卒業後、現在のレベルを保てると思いますか、の質問に”水泳部はダメ”とあっさり切り捨てている。(水泳部は夏だけの為、排球部にも所属していた)どの試合も3位ぐらいしかとれないでいた癖に生意気ぶっている。他校の韓国の選手だった金君の後頭部を何時も追いながら見ていた。お陰で県大会に出られなかった悔しい想いがある。
 「応援多数だと上がる」では、野球なんか応援が多いのではないですか、の質問に野球部部員は”ホームグランドでやるときは凄い位です。でもあまりやられると上がってしまいます。なかなか上手には行かない。”これに対してA主将は”バレーには一人もきません。”等と言った件が面白い。また、水泳部の練習は?の問いかけに、F君”なにしろ当部は夏という短い期間しか無いので出来なかった。先生の協力がぜひともほしい”F、K両先生”少しはしたよ”-一同笑声-。試合の方は方はどうでしたか?F君”初めは良かったがラストで失敗した。M中学は選手も多い。”事実、母校では2000人もの学生がいたが、水泳部の所属選手は10人足らずだった。

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タッチしてしまった(2)

「スポーツマンシップとN君」
 2面に「スポーツマンシップとN君」の記事。A主将が投稿したものだった。N君とは私のことだった。以下は原文のまま。

                       ×××××
 私たちの学校では、各種のスポーツクラブが盛んだが、私はその活動が盛んになればなる程、各クラブ員の間にスポーツマンシップが育まれんことを願うものである。この勇敢さは、つまらぬ方向に於ける勇敢ざたではない。真の勇気を必要とする時に発する勇敢さである。スポーツマンの勇敢さの中には種々の内容が含まれている。即ち「犠牲的精神」「他を愛する広い心」「正邪を見分ける正義心」そして「実行力」。
 本当のスポーツマンとは、右の条件を具備する人物をさしていうのである。私は2年生の時、O先生が排球部を創設された当時に入部し、現在に至っている。いわゆる部内での古顔であるが、その間、2年有余にわたってのチーム生活中に私は自分の人生試練のためのよい経験をしたことを数々想い出すことが出来る。

本校連戦連敗の秋
 昨年市主催の市内中等学校バレーボ-ル大会の時のことである。場所はおなじみのD高女の体育館であった。連戦連敗の自慢にならぬ戦歴を有するわがチームは敗戦を予期してたが、勝負は時の運とでもいうものか、
T中学         I中学
  21            16           一回戦(筆者注:一セット目)
 18             21           二回戦
    第三回戦に入る
選手より観衆の方が手に汗を握る程熱戦であった。20対19。サーブは敵側にあり不利な立場に追いやられた。一瞬両軍観衆の目は等しくサーバーのボールに集合した。やがてトスを上げた。純白なボールが鮮やかな弧線を描きいてとんできた。
 中衛に落ちるか?後衛ととんだ。後衛センターN君スライディング。彼はボ-ルにとびついたのだ。N君の早業に審判は判定を下すのを忘れた。審判はN君に”ボールをタッチしましたか”と質問した。我がチームの勝敗、君の言葉一つにあり、”タッチあり”と答えれば、タッチアウトで我が方が相手に一点取られ 、ゲームはジエンドである。
 ”タッチせづ”と答えれば試合は20対20でジュースとなり、どちらかのチームが二点先取するまで試合は、続行されるのである。 しかし、N君は”タッチした”と答えた。私達は「しまった。まずいことを言ってくれた。」と思ったが、万事休す!
 21対19でI中学の勝ちと判定されたのである。(筆者注:3セットマッチ)”ゲームは楽しむもの。”N君の態度は極めて立派だった。勇敢に戦い、実力を出し尽くして戦って破れたのだから悔いはないのである。「勝つためには手段を選ばず」ということは、昔の学校の悪いことである。ゲームは楽しむためのものであって、決して勝敗にこだわる必要はないのである。これは決して敗者の慰めでない。「惜しいな。余り正直すぎたね、あの選手は」等とN君の正直さを非難する声も場内には幾分あったけれども、私達は決してこの敗戦を悲しいとは思っていない。
 むしろ立派なスポーツマンを見出したことを誇りに思っている。試合に勝つことも大事でしょう。しかし、それ以上に大切なものがスポーツマンシップだと思っている。
                                                             -了-
                         ×××××

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タッチしてしまった(3)

読み終わって大変驚いた。実に立派な文章じゃないか。これが昭和20年代の中学三年生によるものなのか?と。あの試合は、凄く印象的な試合だった。不思議に今でも覚えている。タッチしたか否か?確かにタッチしていたのである。嘘偽りなくタッチしたのである。左に飛んで拾おうと思ったが、それてしまった。ほんの爪先の出来事だった。審判も判らないほど、或いは私だけしか判らなかった事柄かも知れなかった。
 私は、何ら臆することなく、”タッチしました。”と平然として右手を挙げて答えたのである。”タッチしない”と言えば、ジュース入りは百も承知。でも、タッチはタッチだ。自然にそう答えたのである。
 そうした態度を、スポーツマンシップに則った立派な一スポーツマンと評価してくれたA君って凄い人だと、今改めて感心する。残念だったろうが、人生で良い経験をしたと、サラッと言い抜ける人間って凄いし、そうなりたいもんだと思う。

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