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2007年10月13日 (土)

私をまだ愛していますか(四の二)

絶対死
 控室に戻り休んでいると、「これから火葬場に参ります。」の係員の誘導までかなり時間がかかった。日光が強く照らす中庭に、黒塗りの霊柩車と縁者を乗せる送迎バスが10台控えていた。乗るように促されたが、火葬場はそこからなだらかな螺旋状の坂を下った先にあるので、霊柩車とバスを見送ってから、送迎バスに乗れなかった人達とゆっくり歩いた。悲しみに包まれた重い空気に浸る気がしなかったのだ。
 火葬場の入り口は早くも長い行列が出来ていて、柳澤は後ろの方に付いて進んだ。入ると冷えた空気が流れすーと汗が引いた。かまどの正面の小卓には遺影、野位牌、香炉、燭台、四華花が置かれ、読経のなか一人ずつ最後の焼香が行われた。やがて、しずしずとかまどに柩が入れられ、分厚い扉が重々しく閉められた。河合夫人が突然堪えきれずに「あなたっ」と叫び大声を上げて泣き出した。友人達は彼女を前から抱きしめて必死に押さえた。わっとまた激しく泣き出し、泣き止まなかった。友人達も泣いた。柳澤はこの時これこそ死だと感じた。医者が死亡を告げたときが最初の死の訪れだとしたら、焼却は死そのものを絶対化しているのだ、とも思った。「1時間ほどお時間を戴くことになります。・・・・」の声が掛かっても、親族はなかなか立ち去ろうとしなかった。
 花壇と噴水を設えた庭に面したガラス張りの待合場の長椅子に腰を下ろし、季節の花が咲き誇る明るい庭を眺めていると気持ちもやや落ち着いてきた。暫くすると、「柳澤様」”と呼び掛ける女性の声が背中からした。ハッとして振り返ると、河合夫人だった。  深々と頭を下げ、「お久しゅうございます。お元気のこと何よりでございます。この度はお忙しいところ、遠路はるばるお越しいただき本当に有り難うございました。河合もさぞや喜んでいることと思います。」「長いことご無沙汰いたし申し訳ありませんでした。元気だとばかり思っていたのに、まさかこんなに早くなんて大変残念でなりません。」「亡くなる間際まで健さん、健さん、と何時もお噂申し上げておりましたのに、少しもいらして戴けませんでしたね。」「退職後、1、2回飲んだことがありました。思えばもうあの頃から具合が良くなかったんですね。」
 触れ合うばかりに隣に座った彼女から香水の匂いが仄かに漂ってきた。線香の匂いを消す為に僅かだが身に付けた香りを柳澤は鋭く嗅ぎ分けていた。独特の香りを放つあのRoseVagueだった。五感が覚えていた。俺が来ることが分かって、わざわざあの香水を付けてきたのか?「裕恵さん、ちょっといらして」の友人の声に、「失礼します。また後ほど」と忙しなく柳澤の元を足早に去って行った。ふっと溜息をついて深々と腰掛けなおした。また、静けさが戻ってきた。

散骨
 「柳澤さん。ご無沙汰しております。」見ると、福祉厚生会担当の鎌形だった。「こちらこそ。本当にお久しぶりで、その節は大変お世話になりっぱなしで。「いや、お互い様ですよ。」そう言って彼は煙草に火を付けた。「河合君の祭壇なかなか立派でしたね。それなりにかなりの費用がかかっています。そう言っては何ですが、お子も無く、残された者にとっては何かと葬式、お墓の諸費用は可成りの負担です。ご家族のお気持ちだから何とも言えませんが、これからの生活を考えると薄情のようですが、ごく形式的で安価にしませんとね。」今日の祭壇を見て彼なりに計算をしたのだろう。職務が職務だっただけに、その辺の事情に詳しい人だ。家内の葬式は鎌形に一切合切安心して任せ無事に済ませた程だった。
 彼の言うことは尤もだった。家内が亡くなったときは在職中だったし、地位も地位だったし、社長を初め幹部社員、取引先などの列席、家内の親族を考慮すれば、恥をかかないようにそれなりにしたものだった。葬儀場の選択も見得を切って名だたる所を選んだ。ある種の見栄といっても良かった。
 今、一人になってみると、自分の身一つの処理は自分なりに考えなければならない。どちらかというと、どうでも良かった。面倒なのではない。今更金を掛けて何になるのか。見送ってくれる家内もいないし、死んでしまえば世間も無いものだ。これまで漠然と考えてきたが、今日の葬式を見ていよいよ決心しなければと思った。”散骨にしよう。”なぜか、今の自分に一番ふさわしい身の処理の仕方だと思えてならなかった。
 そう言えば、勝新太郎、横山やすし、石原裕次郎やジョージ・ハリソンなど有名人がいた。以前は違法とされていたが、法務省が散骨について”節度をもって葬送の一つとして行なわれば違法ではない”とする見解が公式に明らかになった以後、年々増加している、といった新聞記事を読んだことがあった。このことがその後ずーと気持ちに引っかかっていたのが、今日の決断になったのだ。
 「鎌形君、鎌形君、」の声に、鎌形は煙草を灰皿に投げ入れるなり、急いで行ってしまった。(つづく)

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東京や大阪の大都市圏を中心に近年葬儀のあり方の一つとして散骨や海洋葬などの需要があるといいます。子供がいない お墓がない 経済的な理由でお金のかかる葬儀ができない又は墓地に入るよりやすらぎを感じる海に還りたいなど 様々な理由で自然葬を希望する人が多くなっているようです。死後は何もわからなくなる訳ですからそんな埋葬も悪くはないと思います。こういった葬儀を企画する事業所もたくさんあるようですから 自分が元気なうちに契約しきちんと遺灰を散骨してもらえるようにしておくべきでしょう。[...... [続きを読む]

受信: 2007年10月14日 (日) 17時20分

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