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2007年10月13日 (土)

私をまだ愛していますか(四の三)

一人だけの葬儀
 時計を見ると、まだまだ時間が掛かりそうだった。何気なく中庭に目を移すと、遙か向こうの坂を一台の霊柩車がゆったり静かに下って来るのが目に入った。次の遺族がやって来たのだ。だが、妙だ! 霊柩車の後に普通なら続く筈の遺族や会葬者を乗せた送迎バスや車が一台も付いて来ていない。遅れているのではと後方を見やっても、矢張り追って来ない。奇妙だ、全く奇妙だ。なぜ?なぜなのだ! 柳澤の胸が激しく高鳴った。
 霊柩車が火葬場入り口に横付けになるや否や、ドアーが内側から勢いよく押し開けられ、喪服姿で黒縁の眼鏡を掛けた小太りの中年女性が花束と位牌を抱え、裾を乱しながらがっと降り立った。そして草履をばたつかせて小走りに霊柩車の後方に向かった。車から降りたのは、中年女性唯1人だけだった。後部では、待ち受けていた係員2人の手でハッチバックが大きく開け放れ、柩を手際よくトレイに乗せていた。彼女と2人の計3人は、急いで火葬場に入って行った。そこには、死者を敬い恐れる敬虔な雰囲気が何も感じられなかった。
 やがて、霊柩車はゆっくりと今降りてきた坂を上って行き、間もなく見えなくなった。中庭は、燦々と陽を浴びながら元の静けさに戻っていた。全てが一瞬の出来事だった。
 河合の葬式とは、余りにも対照的だ。唯の一人とは。有り得ないことだし、有ってはならないような気がして、柳澤は戸惑った。なぜ、戸惑ったか分からなかった。常識外の出来事を目の当たりにして驚愕したせいかもしれない。
 柳澤は周囲に気付かれないように、早足に火葬場へ向かった。今しなければならない大事な用を果たさねば、と思った。かまどは5基あって、河合のは、轟々と火炎の音を立てている。左端にある火葬室の前に柩が安置され、中年女性が白木の野位牌の前で香を焚き、手を合わせている姿があった。柳澤の存在に気づいた女性が、「何か?」と訝った。「いえ、何でもありませんが、お一人のご様子に仏様がさぞや寂しかろうと、差し出がましいのですが、よろしければお線香を手向けさせて戴ければと思いまして。」驚いた様子もなく、「さあ、どうぞ、」と体を引いてくれた。香炉にくべられた香からゆるゆると煙が立ち昇った。野位牌には「長浜 由岐美」と俗名が粗末に書かれていた。遺影は無かった。
 「失礼致しました。」頭を下げると、「有り難うございました。」と女性は素っ気なく返礼し、柩に寄って行った。(つづく)

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受信: 2007年10月15日 (月) 19時54分

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