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2006年11月24日 (金)

チッタ歯科医院-2

夕焼け
 並んだ3台の診察台は、どれもピンク色だ。診察台の前は大きな窓になっていて、夕日が赤々と私を照らし出していた。久しぶりにみた夕日が一際眩しく美しかった。「よくいらしゃいまーーーした」の声にハッとして振り返ると、先生がのぞき込んできた。「先生、予約なしに突然診察をお願いしてすいません。何しろ痛くて我慢が出来なかったものですから。」「よくぞいらしゃいまーーーした。いつかは来ていただけると思ってPhoto_9 いたわ。不思議ね」 前から私を知っていたかの様子だ。「さあ、お口を開けてーーー。まあー、まあー、なんてお美しいお歯だちだこと。ホッホッホッホッ。」
 歯全体に水を勢いよくかけると、ひどい痛みが走った。「イタッ!先生。」「虫歯ね、それも3本あるわよ。よかったわ」と言ってすごくうれしそうな顔をした。なんだか久しぶりに懐かしい友達に会ったみたいだった。「ダヤンちゃーーーん。これが虫歯よ」「ホント、ホント。チッタさん、良かったわね」(さっきの受付嬢は、どうやらダヤンちゃんと呼ぶらしい)見ると、ダヤンちゃんは泣いているようだった。それから先生は、「ヤイバシムちゃん!(なれなれしく、ちゃん付けで呼ぶなよ。) 磨きすぎよ、磨・き・す・ぎ。これでは歯茎が可哀想だわ。」先生はほんとに悲しそうに眉を寄せていた。なんだか、先生に悪いことをしたような気がしてきた。「一本だけ直して置くわ。一本だーーーけよっ。他は、痛み止めをしてっと・・・。どう、痛くなくなったでしょう?ホッホッホッ」ホホホホッとダヤンちゃんも笑った。私もつられてフフフッと笑ってしまった。

ピンクの息がフー
 治療費が思ったより安かったので、何だかいっぱい得したような気がして、思わずスキップを踏みながら帰った。これでまた、おいしいものがいっぱい食べられるぞ!ステーキがいいか?日頃行きたいと思っていたあの高級寿司屋でも行こっかな?と楽しく浮き浮きしていると、急に頭がぐらぐらして倒れてしまった。
 その拍子に、溜まり水にポチャンと落ち洋服が泥だらけになってしまった。やっとの思いで家にたどり着き、シャワーを浴び急いで姿見の前で浴衣に着替えた。気分が良くなって口笛を吹くと、フーッとピンクの息が漏れた。薄かったが確か一瞬ピンクのような息が出た。おやっと思って、今度は大きく強い息を出した。しかし、それっきりだった。何回やっても同じだった。気のせいだったんだと自分に言い聞かせた。

2回目の治療
 予約した日に行くと、「ホントに、来てくださったーーーのねっ。うれしいわっ。心配していたのよーーー。さあ、さあ、早く、早く。ダヤンちゃんも来ーーーて。」シッタ先生は子供のようにはしゃぎながら、勢いつけて私の手を引き診察室に入った。
  「やっぱり一本だけ治療しておくわよっ。後は残しておくのよったらーーー。」(治療するのに、残しておくはないだろうに)さっきの麻酔が効いてきたのか、(後一本だけか、なんかもったいないような気がするなーーーぁ。おっ、俺まで変な調子になってきたぞ。まあ、いいか)などと思っている内に、いつの間にか眠ってしまったらしい。
  ふと目が覚め、ぼんやり上を見ると、鮮やかなピンク色した天井が目に入った。起こしてくれれば良かったのに、と思いながら身を起こしてあたりを見回すと、そこは診察室ではなく、自分の部屋だった。
 あの日以来、ピンク色が妙に気になりだしていた。ピンク色以外の色が薄汚れて見え、夜も昼も落ち着かなくなってしまった。電車も駅も道路もそして空さえどうしてピンク色じゃないのかな、などと考えたりした。だから、玄関のドアー、部屋の天井から壁、そして家具まで全部ピンク色一色に塗り替えると、やっと気が晴れ晴れした。ペンキ屋が「これでいいんですか?」と訝ったが、「いいんだよ、これでーーーっ」と得意顔で答えた。だから目を覚ましてピンクの天井を見ても驚かなかったのである。その上、いつの間にか、自分の部屋に戻って来ているのさえ、少しも不思議に思わなかったし、いや、むしろ当然のことのように思うようになっていた。
 1 ようやく最後の一本の治療が終わった日、「もう、これでお会いでーーーきないのかしらーーー、なんて思うと・・・」と言ってチッタ先生は、ピンクのハンカチで何回も何回も目頭を押さえていた。ダヤンちゃんは、ピンクの机に顔を伏せピンクの肩を震わせていた。なんだか僕も悲しくなって、思わず「きっとまた来ーーーます」と言ってしまった。ほんとに心からそう思ったのである。

また痛くなったぞ
 
痛み始めてきた。いよいよ痛み始めてきたのである。痛いけど嬉しい気がした。あれから25日過ぎていた。カレンダーにしっかり大きくピンクで二重丸を付けていたので、間違えるはずがない。ヤイバシムは笑っている。鏡を見ながら笑っている。痛いのに笑っている。嬉しいのと痛いのと混じった顔で笑っている。ゆがんだ顔で笑っている。「ブブブブブーーーーッ」。周りを見回したが、だーれもいない。今度は、「ウハハハハッハ、ウハハハハッハ、ウハハハハッハッ」と大声を張りあげて笑った。心の底から笑った。開いた口から剥げかかったピンク色した歯が見えた。

再会が
 同窓会があるので、久しぶりに彼奴に会って酒でも飲み、カラオケで歌いながら、つっつき合った女達の昔話でもしようか、などと思いながらイイコッカがヤイバシムに電話をしたのは、大学を出てから23年たったある日のことであった。Photo_11
 何回電話しても留守だ。日が迫っていることもあって、出張のついでに寄ってみることにした。昔と住所は同じだったが、駅からヤイバシムの家までの町並みは、さすがにすっかり変わっていた。 当時は、田圃のあぜ道で靴を汚しながら訪ねたものだった。しかし、今は、ピンク色した舗装道路が長く真っ直ぐ延びている。面白い道路もあるものだ、などと思いながら歩いていった。
 角のタバコ屋は、昔のままだった。だが、いくら探しても肝心の彼の家がない。そんなことは無いはずだが、と考えながらタバコ屋に戻って聞いてみると、「ほら、あそこ、あそこ、そら、直ぐ前のあそこだよ。」と老婆はピンクのマニキュアをした指で遠い先をさした。指さす方を見た。塀から屋根から全てピンクで塗り固めたひときわ目立つ家が、ぽつんとそこにあった。咲いている桜もピンクで塗ったのではないかと、錯覚を起こすほどであった。「あのピンクの家ですか?」「そうだーよ」。イイコッカの歩き出した後ろ姿を見て、老婆はニッと笑った。笑った老婆の入歯が薄いピンク色をしていた。

 呼び鈴を鳴らしたが、応答がなかった。見ると、ドアーに張り紙がしてあった。”やあ、久しぶり。元気かい、イイコッカ君。いまチッタ歯科医院にいま~す”と、地図を書いたピンクの用紙に走り書きがしてあった。なぜ、今日、俺が来るのが判ったのか、知らせてもいないのに。「うむっ」。
 Photo_12 チッタ歯科医院は、すぐわかった。門、飛び石、果ては植え込みの木々の幹や葉までが全てピンクだ。これはすごいと思った。俺の目がピンクになりそうだ。不安になってきた。背広がピンク色に映えて、色変わりして見えた。呼び鈴を押すと、「ハーイ、ただいーーーまっ」と甲高い声がしたかと思うと、ドアーがさっと開いた。ピンクのスリッパ、靴下、診察着、顔、髪の毛、そして、目まで染まっていた。ヤイバシムだ!「よーくいらしゃまーーーした」。

      「あっ! おまえぇ! おまえぇ!!」
                                          

                               1999.10.26 孫たち向けに創作: tosi

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