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2006年10月31日 (火)

くちずさむ 55/100首

Photo_1 孫が小2年の時、百人一首を全部覚える授業があった。家に帰るなり、一所懸命暗記に苦戦。ただただ空覚えで、数を増やすことに熱中。今日は20覚えた、今日は40覚えた、と汗だく。期限までに何とか80位まで行ったらしい。上の句を詠んでやると下の句を詠んで確認しあうなど暫く付き合っている内、何となく面白くなってきた。”恋歌が多いな、坊さんが恋歌を詠むかよ、さばけているな、小野小町はどんな歌を”など興味が湧いてきた。

百人一首を見てみると、恋43首、四季32首 (春6首、夏4首、秋16首、冬6首)雑25首と圧倒的に恋歌が多く、季節では秋が多い。これが定家の好みなのだが、全体的には、バラエティに富んだ優れた作品が盛り込まれている。

撰者の藤原定家 (1162~1241)は、万葉集など和歌に造詣が深いばかりか、書家としても名高く、お茶にも精通しているなど、超文化人であったらしい。今ならさしずめノーベル文学賞を受賞しているのではと思う。”日本最初の文学賞受賞者 藤原定家”などとして。

「ふじわらの さだいえ」が正式名だが、「ふじわらの ていか」と音読されている。平安末期から鎌倉初期の公家・歌人。代表的な新古今調の歌人で書家としても有名。

「百人一首」は俗に「小倉百人一首」と呼ばれ、嵯峨野の地区の小倉で百人一首が編纂れたとの説がある。が、近年の研究で「小倉」の地名と「百人一首」とは無関係と見て良いとの説が有力で、今は「小倉百人一首」という呼び名は、殆ど使用されなくなっている。

 佐々木幸綱氏が「NHK趣味悠々 ウキウキ!百人一首」の中で百人一首について、以下のように述べている。
”定家の歌には、人をいい気持ちにさせる音楽的要素がある。短歌は音楽である。定家は音楽的な才能が抜群の人だった。彼が選んだ「百人一首」の短歌は、まず音楽として味わなければもったいない。”
 「百人一首」の成立にはまだ定説がない。藤原定家の日記「明月記」、「百人秀歌」、そして「小倉色紙」(藤原定家の色紙)。藤原定家の撰は疑いないようだが、三者のかね合いには諸説があり、成立事情、成立時期など、現時点では詳細が不明、といったあたりが正確のようだ。

 「百人一首」の歌は全て「古今集(905)から「続後撰集(1251)」までの十代の勅撰集から選ばれている。「古今集」成立より二百年も昔の万葉歌人の歌も入っているが、それも含めて「百人一首」の歌は、みな勅撰集に選ばれている作である。
 勅撰集から選ぶ、といった大原則に立って、作品・人物両面から百首を選定したらしい。秀歌を選ぶ、重要人物を選ぶ、全体のバランスを配慮しての撰歌のようである。
十代の勅撰集
古今集24首 ◆後撰集6首 ◆拾遺集11首 ◆後拾遺集14首 ◆金葉集5首
◆詞花集5首 ◆千載集15首 ◆新古今集14首 ◆新勅撰集4首 ◆続後撰集2首

これを見ても判るように、絶対的に古今集偏重である。
私の好きな歌首の内から(注:用字用語は「NHK・・・」より)

「古今集」24首
◎  おく山に紅葉踏分なく鹿の 声きくときぞ秋はかなしき      猿丸大夫
◎ 天の原ふりさけみれば春日なる 三笠のやまに出し月かも   阿倍仲麻
◎  花の色はうつりにけりないたづらに わか身よにふるながめせしまに 小野小町
◎ 人はいさこころもしらず故郷は はなぞむかしのかに匂ひける   紀貫之
◎ 君がため春の野に出でて若菜つむ わが衣手に雪はふりつつ 光孝天皇
◎ ちはやぶる神代もきかず竜田川  からくれなゐに水くぐるとは 在原業平朝臣  
「拾遺集
11首
◎ しのぶれどいろに出にけりわが恋は 物や思うと人の問う迄    平兼盛
◎ 忘らるる身をば思はずちかひてし 人のいのちのおしくもあるかな  右近
「後拾遺集
14首
◎ 君がためおしかからざりし命さへ ながくもがなとおもひぬる哉  藤原義孝
◎ あらざらむ此のよの外の思出に 今ひとたびのあふ事もがな   和泉式部
「金葉集
5首
◎ 淡路島かよふ千鳥のなく声に 幾夜ね覚めぬすまの関守     源兼昌

詞花集5首
◎ いにしえのならの都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな    伊勢大輔
◎ 瀬をはやみいわにせかるる滝川の われてもすゑにあはむとぞおもふ 崇徳院

千載集15首
◎ ながからむ心もしらずくろかみの みだれてけさは物をこそ思へ待権門院堀河
◎ 嘆けとて月や物をおもはする かこちがほなるわがなみだかな  西行法師
「新古今集
14首
◎ 春すぎて夏来にけらし白妙の ころもほすてうあまのかぐ山     持統天皇 
◎ 田子の浦に打ち出でてみれば白妙の ふじのたかねに雪はふりつつ山部赤人
◎ めぐり逢いて見しやそれ共分ぬまに 雲かくれにし夜半の月影  紫式部

新勅撰集4首
◎ こぬ人をまつほの浦の夕なぎに やくやもしほの身もこがれつつ権中納言定家

続後撰集2首
◎ 百敷きやふるき軒端にしのぶにも なをあまりあるむかし成りけり 順徳院

興味を持ち始めて2年後の今頃になって、少し覚え、口ずさんで見るかいと、俄か勉強。全体を見ると、興味が湧かない歌、現代用語にほど遠い言葉づかい、などは覚えにくいから最初から除外し、まず負担を軽くする作戦。それでまあ半分覚えられればいいかぁ、など楽な気持ちで半分より少し多めの55首ぐらいに目標設定。

詳しく、歌の内容をみると、現代人に殆ど通じる物ばかりだ。”つれない人を思い苦しんで、辛さに耐えかねて涙がぼとりぼとり”、”あなたの為なら命さえ惜しくもないのに、一夜を共にした朝には、一日でも永く生きたい”(勝手にしいや)、”あなたが来てくれず一人で寝るなんてつまらないわ”、”どうせ忘れられる身なの、でも、あれほど神に誓ったのに悔しい、天罰が下っても悲しまないわよぉ”など女の執念がある。(私も経験者?)”今くるくると嘘ばっかり。毎晩待っている内に9月になってしまったじゃないのさ”(嘘つきの銀座の女。そんなこと云われてみたいよぉ)。そうかと思うと、”俺って隠せないんだな、ついつい顔に出たりしてさぁ。誰だ誰なんだよ!と問いつめられたりして、ウッヒヒ”といったおのろけの兄さんがいたりして面白く、訳が判るほど興味津々。

作者の身分は天皇・親王10人、公10人、卿17人、女房29人僧侶12人、その他32人。僧侶が意外と多い。僧の中でももっとも良く知られているのは西行法師。僧と恋歌の取り合わせは不思議に感じられるが、西行には恋歌が多い。しかし、Photo_5実際の恋歌ではなく、題詠歌なのだ。ついでながら、松尾芭蕉は西行を敬愛し、「奥の細道」は西行を慕っての旅なのだ。僧は自然を愛し、修行の辛さなどを詠んでいる。

現在、40まできた。三つ覚えて二つ忘れる毎日。日頃から覚えたとおぼしき歌を一太郎で編集し、ハードコピーをポケットに機会を見ては口ずさんでいる。駅頭では少し大声出したりして結構楽しい。定家が何故この歌を選んだのか,彼の気持ちに近づけたらなぁ

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2006年10月24日 (火)

電車事故に遭う

2006.10.15、32歳の女性が飛び降り自殺。2005.4.25の福知山線脱線事故から一年6ヶ月後のことであった。同棲していた男性の後を追っての自殺で、108人目の犠牲者と呼ばれている。

戦後発生した5大鉄道事故は、1947.2.25の「八高線の脱線転覆事故:死者184名負傷者495名」、1963.11.9の「鶴見事故:死者161名負傷者120名」、1962.5.3の「三河島事故:死者160名負傷者296名」、2005.4.25の「福知山線脱線事故:死者107名負傷者555名」、1951.4.24の「桜木町事故:死者106名負傷者92名」などがある。

電車火災事故に遭遇したのは、高一の時であった。死者は無く負傷者も弱冠名で、新聞記事の一隅に小さく取り上げられる程度で、世間から注目される物ではなかった。しかし、あの怖ろしさは遭遇してみないと判らない。何十年たった後に発生した福知山線脱線事故の記事に接した折り、当時の記憶が鮮明に蘇った。一種のトラウマなのだ。長い期間全く一度も思い出しもしなかったのにだ。

京浜急行線が谷津坂駅と富岡駅の山岳地帯を抜けるトンネルのやや中程に差しかかったときに事故が起きた。私は左右のドアーの中間に立っている鉄パイプの柱に掴まり立ちしていた。尻鞄には教科書がズシリと重かった。車内はややラッシュを過ぎた時間帯のためか八分程度の混み具合だった。

それはまいぶれもなく、突然襲ってきた。足下から進行方向に約1メートル先の床に亀裂が走ったかと思う間もなく、赤青色の太い火柱が一気に天井まで吹き上げたのである。車内の明かりが全部一瞬にして消え、真っ暗になった。煙が車内に充満し電線の焼けた臭いが鼻を突いた。バリバリと音がトンネル内に広がり、青白い閃光が真っ暗なトンネル内を走った。

僅かに明るかったトンネルの入り口に向かって、乗客は一斉に後車に向けて疾走した。私も飛んで走った。連結の狭い通路も一気に抜けた。泣き叫ぶ声も母親が子供の名前を呼び交わす声すら一切耳に入らなかった。何両走り抜けたか全く判らない。兎に角電車を脱出しなければと思ったが、どの車両もドアーが一枚も開いてないのだ。見ると、既に乗客は窓から体を投げ出して脱出している。私も後に続こうと体半分身を乗り出したが、躊躇した。地面までのあまりの高さに一瞬ためらった。2階から飛び降りるみたいだった。電車は、路盤上に砕石を一定の厚さに積み上げ、その上に枕木、レールそして車両が乗っているうえに窓からだ。下には先に落ちた人が重なり合っている。足から降りられない。そうこうしている間にも煙が追ってきている。乗客が後ろに犇めいている。ままよと頭から突っ込んで飛んだ。飛び降りた。そのままの姿勢だと砕石や路盤で大怪我する。

鈍い音がして着地した。正確には先に落ちた人達の上に落ちたのだ。体が水平状態になっていたらしい。ウッと声がした。直ぐに立ち上がったが、私の下敷きになった人が怒りを満面に現し、充血した目をカッと見開いて睨みつけている。怖い目だった。他の人達の群れに入った。助かったのだ。振り返ると、トンネルで閃光が激しく走り、煙が湧き上がり、山を覆っていたのが見えた。尻鞄の重さが再び感じられた。服も鞄も泥だらけだ。座り込んで長いことうなだれていた。やがて一つ深呼吸し、歩き始めた。ゆっくりと。

もし、私の足下で火柱が立っていたら。1メール違っていたら。死者もなく、たいした怪我を負うことも無かった強運に恵まれた。

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2006年10月20日 (金)

うれしい

一応、複数の友人にURLをメールで通知。暫くしてコール。”おめでとう”もあれば”なにこれ”など、嬉しい反響。

今のところ全く内容のないものだが、試作の段階を過ぎて、これから少しはそれなりに書き込みを重ねるつもり。乞うご期待!?

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2006年10月17日 (火)

一つ一つを克服

デザインの変更一つをとっても操作が、思うようにいかない。何とか出来たが、今度はトラクバックに挑戦してみよう。ブログといえば、「トラックバック」が必要のようだ。これで他のブログとの関連が濃厚になり、ブログ利用の幅が広がりそうな気がする。

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2006年10月13日 (金)

格安インターネット接続料金

地元のCTVでは、月額1,995円(定額)、1Mbpsのエコノミーコースを提供している。本料金には、プロバイダー料金は勿論、モデムレンタル料などが含まれる。現在使用中のヤフーBBの約半額以下で済み、凄く経済的だ。近く始まるキャンペーンで工事料が無料なので、月末に申し込みの予定にしている。

1Mbpsでは遅いかと云えば、現在のリーチDDLが1Mbpsで全く不自由していない。

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2006年10月12日 (木)

はじめてのブログ

はじめてブログを作成しました。思ったより簡単に出来たものですから、少し拍子抜けしてしまいました。

これからは、個性を生かして私なりの内容にしていくつもりです。

日記風、随筆風など、気ままに思いついたまま記録していこうと考えています。

http://a-tosi.cocolog-nifty.com/blog/

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